昨日までは取手までの運行だった常磐線が、
今日から4割ではあるけれど土浦まで運行が始まった常磐線。
これで何とか合格者説明会には行けそうです。
それと、さくらのフード代の払い込み用紙も、
無事今日郵便受けに入ってました!
次男の通う小学校では、予定通り卒業式も行われ(次男は来春卒業です)
こんな状況ではあるけれど、
保護者の方々もホッとされている事でしょう。
私の故郷である川崎市幸区では、
昨日初めて計画停電が実施されました。
時間帯も午後6時半からと、陽が落ちてからの停電でしたので、
実家の母の事がちょっと気になり、
仕事から帰宅後に電話してみました。
『昨日は停電だったでしょ?大丈夫だった?』
「真っ暗だったけど、大丈夫だよ~」と明るい声に安心しました。
『で、今は何してんの?』
「ん?今日は暖かいから散歩してる所だよ」って。
『つまづいて怪我なんてしない様に気を付けてね~」と言い電話を切りました。
近いようで遠くて、
遠いようで近い。
そんな距離にいる母を想う私でした。
はなさく散歩の途中、
ふと携帯の時計を見てみると、
「14時46分」
まさに一週間前の大地震発生時刻でした。
あの時、本来であれば今日の様に散歩に繰り出していた時間帯。
でも、人員の異動があって、その穴埋めの為に勤務時間が週に1回だけ変更され、
通常3、5時間勤務の所、5、5時間勤務が加わり、
あの日は5、5時間勤務の初日だったんです。
地震発生前、最後に時間を確認したのは14時42分でした。
「あ~、後少しで上がれる~」と思いながら、
売り場をチェックしながら歩いている時でした。
最初に揺れを感じた時は、傍にいたお客さんに、
「あれ?揺れてますね~、地震ですね~」などと呑気にお話していたんですが、
揺れはおさまるどころか徐々に大きさを増し、
そして一気にグラグラグラグラ~と激しい揺れへと変わりました。
ペットボトル飲料が倒れ、酒瓶が落ちて割れ、あっという間に店内は真っ暗。
建物の下敷きになったら大変だと、慌てて外の駐車場へと逃げました。
「避難口はこちらです・・・避難口はこちらです・・・」
と繰り返し流れてた音声が今でも脳裏に残ってます。
そしてブラ~ンと垂れ下がった避難口誘導灯、チカチカと不規則に点滅していた誘導灯。
駐車場に停めてあった買い物客の車は、
あっと言う間になくなりました。
私も早くその場から自宅へ戻りたかった。
おそらくこの先何年絶っても消える事はないでしょう。
でもそれは忘れてはいけない事なんだと思う。
だからあえてここに記しておきました。
今日も元気に節電中!







